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プロフィール
Takeshi Mogi
Takeshi Mogi
アイラの新聞「イーラハ」日本特派員
バグパイパー(ハイランド+スモール)
ライター&翻訳家などを兼務しています。
アイラ島やスコットランのWEBを運営しています。
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2008年05月29日

イーラハ・ジャパン No14

イーラハ・ジャパン No14

今回のイーラハ・ジャパンは大阪北新地の「バー・リー」の早川恵一氏がボウモアの小学校を再訪問した話からだ。早川氏はじめ日本の10名の有名バーテンダーはアイラ親善大使として内外で知られている。早川恵一氏はそのチーフで、定期的にボウモアの小学校を訪れている。アイラ親善大使の詳細はこちら



前回、ジュラ・フェリーの桟橋の接岸器がまともに機能せず、地元議員のカリーが激怒した話を伝えたが、これはさらに続いている。詳細は本文を読んで欲しいが、島民が「これじゃだめだ」といっても、工事が続けられて完成し、結局使い物にならないと言う事態はお役所仕事の典型か、という気がする。先日英国から知人が来て話をした。英国経済は好調だと言うが、結局市民の生活は何も変わっていないと言う。日本も英国も似たようなもの、結局雲の上で何か決めても、それはピラミッドの上のほうでしか機能しないのだ。

アイラでは新しいフェリーが2011年に就航の予定だ。イーラハが港とフェリーを管轄するCMALに聞くと、フェリーは発注した、でも、ポート・エレンとケナクレイグの港湾設備は寿命が来ているので、新しいフェリー用に近代化が必要だと言う。CMALはヘルクローという会社に設計を任せたと言う。まぁ、アイラの住人にしてみれば桟橋と事務所だけのポート・エレンとケナクレイグを整備してくれると言うのだから歓迎すべき話だが、間に合うのか?まともに機能するのか?ポート・アスケイグを見ると不安になってくる。前回、地元議員のカリーはポート・アスケイグを修羅場と呼んでいる。今回訳さなかったが、この工事は今も続いており、いつ終わるか、最後にいくらかかるのか分からないと言う。

そのカリーはまた登場。島のガソリン税を下げろと言っている。実は、イギリスのガソリン税はすごく高いのだ。この税は(私も詳しくは知らないが)国のさまざまな事業に使われる。(幸い、道路を作る専用の予算ではない。さらに、英国ではモート・ウェイ(高速道路)は無料で使える。その代わり、橋の通行料を取るところがときどきある、が、それも市民が立ち上がって議員を巻き込むと無料になったりする。)島のガソリンは輸送の点で割高だ。ガソリンもリットル300円になると、確かにまずいかもしれない。普通サイズの自家用車で40リットル入るが、満タンで1万2千円である。

アイラでは不発弾がときどき発見される。砲弾だけでなく、機雷なんてのもあった。第2次世界大戦時のもので、演習の残りや、Uボート対策用のものなどだ。だが、今回は新品で、NATOの演習の残り物らしい。前に、イエロー・サブマリンなんてのも発見されたことがある。国防省に報告したりすると、「あんたが壊したんだろう」などと難癖を付けられたりする。その割りに、空母からアードベックに見学に来たりすることもある。軍や官僚は嫌がられている一面もあるが、兵士は一般市民とは近い存在なので、住人には受け入れられていると思う。

もう何年も前に、日本の重要人物が英国を訪問した折、第2次世界大戦で従軍したスコットランド兵が背を向けて迎えた話があった。いろいろな意見があったが、自分はやむをえない意思表示かなとも思った。戦争は様々な要因が重なって起こる。開戦は開戦側の最上位機関で決定されるが、始まれば両国のさまざまな思惑により戦争は継続される。戦いは、主に一般市民で兵士となった人々が、どういう経緯かわからないまま投入され、だいたいは自国を守るため、さらには生き残るためという意識の元に行われる。多かれ少なかれ兵士は死ぬ。昔はともかく、現代社会においては、そうした戦争における死が、端的に開戦側の国家の悪とは割り切れないことが理解されている(と思う)。それでも、戦友の死が仕方がないことと割り切れるはずがない。そんな時、始めると決めたと思しき人に、意思表示をすることくらい、許されると私には思われた。

戦争を外交の一部とする発想もあるが、私は開戦とは外交の失敗宣言と受け取っている。現在、一部の国は勝利を確信して開戦をためらわない風潮を持っているが、これは人間性の放棄だと思う。

Takeshi Mogi

この記事へのコメント
Takeshi Mogi 様
早川氏が持っていらっしゃるのはドラえもんの本もありますね♪

ところで、記事の後半の話なのですが、あたしみたいな頭の悪い者
には難しいことは発言できないし、わからない事が多いですが。
戦争って悲しいけど、摂理から言うと永遠になくならないものですよね。

人生ってサバイバルですよね。誰かが死ぬから、誰かが生き残るんですよね。「戦争」って言葉を使うと血や武器や殺し合いのイメージがわきますが、身近にも「戦争」って沢山ありますよね。
喧嘩も戦争の一部だし、競争も戦争の一部ともとれる気がします。
みんな、そうやって強者が頂点に君臨し、弱者は切り捨てられていくのが、この世の中の常。昔から変わらぬ自然の摂理なんですよね。
やっぱり、平和な世の中って永遠に訪れないのかな。。。
Posted by S・A・DS・A・D at 2008年05月30日 04:56
>Takeshi Mogi 様
いつもバーで見る姿とは違うマスターの一面を垣間見る写真ですね.今年でバー開業20周年とのことで,先日はお祝いがてらに伺ってきて,このゴールデンウィーク中のスコットランド訪問の話を聞いてきたところでした.でも,この話は聞いてないです.今度あった時に聞いてみようかな♪
Posted by morupon at 2008年05月30日 12:59
moruponさんへ

恐らく、ご本人もこのBlogを見てるでしょうから(見てないかな?)ここで見たといえば、いやあ実は、と言うことになるのではないかと思います。みんなで「見ました」と言ってあげてください。

Takeshi Mogi
Posted by Takeshi Mogi at 2008年05月30日 20:03
S・A・Dさんへ

はい、どう見ても、ドラエモンですね。最近は日本のマンガやアニメも海外で紹介されているので、アイラの子供たちも見ているものがあるかもしれません。知る限りでは、ポケモンが結構人気があったように覚えています。また、ずいぶん前に、もう10年近くにもなりますかねぇ、アイラの小学校からタマゴッチのことを聞かれたことがあります。プレステやWiiはあちらでも人気がありますが、日本より高いかもしれません。ゲール語の番組でDe a-nisというのがあるのですが、ここでプレステの紹介をしているのを見たこともあります。

戦争はなくならないでしょうね。もちろん、何かの偶然が重なって、世界的に戦争を起こしにくい世界が現れることはあるかもしれませんが、いまのところ、その予兆もありません。某国は、民主国を謳いながらメディアを使って民意をあおり、何度も戦争を引き起こしながらその戦争責任を(国家、政治家、軍人など)取ったことは極めて稀です。その様は、どこまで、どんな戦争をしても許されるのか、人の命を使って実験をしているようで、不気味です。

人生のサバイバルはこれとはちょっと別なような気がしますが、悲惨なところは変わりません。実際、世界規模ではやはり戦争に近く、人口の増加と温暖化で強烈な淘汰が進んでいて、下手をすると、全員敗者になるかもしれない状況です。ところが、そうした意味で世界の多くの地域が敗者となっており、その敗者の数が増えつつある中で、この国は暫定的に勝者のように思われます。無論、食料自給率の低さや高齢化など、大きな不安材料があるにもかかわらず、自分の知る限り、この国はテレビで見るような悲惨な国々に比べれば、天国のようです。町はきれいで衛生的、保険制度は整備され、医療は最先端、寿命も飛躍的に延びました、たとえ毎日のように狂気の犯罪が報道されても、まだまだ犯罪は少なく、子供たちの学力が気になると言っても、文盲もいなければ九九のできないひともおよそいません。確かに経済的に苦しい人が山のようにいることも知っていますが、世の中は肥満に苦しむ人もたくさんいて、それが社会現象となり、肥満対策の食品や器具が山のように売られている所を見ると、食には困っていないように思います。もちろん、この国にもいろいろな人がいますが、この国の勝者と敗者を分けるサバイバル・ラインはとても下のほうにあって、衣食住が一応でも満たされているなら、地球というサバイバルの中では勝者であるように思います。人生は結構辛く、かつてよりも複雑で、ストレスは多くなっているかもしれませんが、私たちは本当に幸せです。その代わり、世界のどこかで、敗者が大量に生まれていると考えると、それは悲しいことなのですが。

>強者が頂点に君臨し、弱者は切り捨てられていくのが、この世の中の常

元来はそうなのですが、この国ではそうではなくなりつつあります。少なくとも、理念的には。この国は、幸せの国です。

Takeshi Mogi
Posted by Takeshi Mogi at 2008年05月30日 21:37
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