2008年04月18日
美しい日本の私_13
美しい日本の私_13
ザルツブルクを出発した私が最初にたどり着いた場所はバイエルン州の州都ミュンヘンでした。あの有名なルートヴィヒ二世が君主をしていたあの国の首都だった場所です。市立博物館やレジデンツ(宮殿)など、いろいろな所に行きました。歴史的な建物も多いのですが、どちらかと言うと明るいモダンな街でした。ただ、私はたずねた頃にはまだ戦争の傷跡のようなものがところどころに残り、銃痕のある破壊された建物がいくつか眼に写ったのを覚えています。市電に乗ると街中には巨大な広場が見えてきました。オクトバー・フェストと呼ばれるビール祭り用の広場です。ここに大きなビア・ホールのテントが幾つも並び、遊園地も併設されると言うのですから驚きです。駅名にはときどき○○トル・プラッツというのがありますが、これはかつて街が城壁に囲まれていたときの名残りで、門のあった場所を示しています。

この街もウィーンと並ぶ音楽の街です。町の中央には立派なナチオナル・テアター(国立歌劇場)があり、私が行ったときにはGMD(総監督)はN響でも良く振っていたウォルフガンク・サヴァリッシュでした。この劇場も戦争で丸焼けになった劇場のひとつです。夏はお休みで中には入れませんでしたが、劇場の前に立って眺めていると、音楽が聞こえてくるような気がしました。

ミュンヘンには他にも劇場があり、プリンツ・レゲンテン・テアターは戦後、ナチオナル・テアターが再建されるまでオペラが上演されていた劇場です。他にクビリエ・テアターと呼ばれる美しい木造の劇場がありますが、これは戦争で焼け落ちたと思われていた劇場でした。それは有名な歴史建造物で、多くの人が失われたことを残念に思ったのですが、戦後ナチが分解して非難させていたのが見つかって、現在はレジデンツの一角に再建され、小規模なオペラの上演に使われています。

夜は有名なホフブロイ・ハウスに食事に行きました。1リットルのビールを片手に名物のヴァイス・ヴルスト(白いソーセージ)とザワー・クラウト(酸っぱいキャベツ)が夕食でした。ヒトラーがドイツ労働党の旗揚げをしたのも、このビア・ホールでした。
話は変わりますが、ここミュンヘンは作曲家リヒャルト・シュトラウスの生地でもあります。以前マイケル・ジャクソンと話しをしたとき、ちょっとこの話が出たとき、彼は私に尋ねました。「シュトラウスの母親の実家は醸造所だろう、どこだか知ってているか?」私は完全に度忘れして、口ごもってしまいました。彼は笑いながら、「プショールだよ」と教えてくれました。ハッカー・プショール社は今もビールを作っており、直営のビア・ホールもあります。
Takeshi Mogi
ザルツブルクを出発した私が最初にたどり着いた場所はバイエルン州の州都ミュンヘンでした。あの有名なルートヴィヒ二世が君主をしていたあの国の首都だった場所です。市立博物館やレジデンツ(宮殿)など、いろいろな所に行きました。歴史的な建物も多いのですが、どちらかと言うと明るいモダンな街でした。ただ、私はたずねた頃にはまだ戦争の傷跡のようなものがところどころに残り、銃痕のある破壊された建物がいくつか眼に写ったのを覚えています。市電に乗ると街中には巨大な広場が見えてきました。オクトバー・フェストと呼ばれるビール祭り用の広場です。ここに大きなビア・ホールのテントが幾つも並び、遊園地も併設されると言うのですから驚きです。駅名にはときどき○○トル・プラッツというのがありますが、これはかつて街が城壁に囲まれていたときの名残りで、門のあった場所を示しています。

この街もウィーンと並ぶ音楽の街です。町の中央には立派なナチオナル・テアター(国立歌劇場)があり、私が行ったときにはGMD(総監督)はN響でも良く振っていたウォルフガンク・サヴァリッシュでした。この劇場も戦争で丸焼けになった劇場のひとつです。夏はお休みで中には入れませんでしたが、劇場の前に立って眺めていると、音楽が聞こえてくるような気がしました。

ミュンヘンには他にも劇場があり、プリンツ・レゲンテン・テアターは戦後、ナチオナル・テアターが再建されるまでオペラが上演されていた劇場です。他にクビリエ・テアターと呼ばれる美しい木造の劇場がありますが、これは戦争で焼け落ちたと思われていた劇場でした。それは有名な歴史建造物で、多くの人が失われたことを残念に思ったのですが、戦後ナチが分解して非難させていたのが見つかって、現在はレジデンツの一角に再建され、小規模なオペラの上演に使われています。

夜は有名なホフブロイ・ハウスに食事に行きました。1リットルのビールを片手に名物のヴァイス・ヴルスト(白いソーセージ)とザワー・クラウト(酸っぱいキャベツ)が夕食でした。ヒトラーがドイツ労働党の旗揚げをしたのも、このビア・ホールでした。
話は変わりますが、ここミュンヘンは作曲家リヒャルト・シュトラウスの生地でもあります。以前マイケル・ジャクソンと話しをしたとき、ちょっとこの話が出たとき、彼は私に尋ねました。「シュトラウスの母親の実家は醸造所だろう、どこだか知ってているか?」私は完全に度忘れして、口ごもってしまいました。彼は笑いながら、「プショールだよ」と教えてくれました。ハッカー・プショール社は今もビールを作っており、直営のビア・ホールもあります。
Takeshi Mogi
Posted by Takeshi Mogi at 21:11│Comments(4)
│Takeshi Mogi
この記事へのコメント
なんだか別世界にいざなわれているような気分になります。
お写真もとても綺麗ですね。
余談なのですが、学生時代にはまっていたニーチェの著書から同名の「ツァラトゥストラはかく語りき」が生まれたことを知り、聴いてみたのがリヒャルト・シュトラウスとの出会いでした。懐かしく思い起こすことができました。
お写真もとても綺麗ですね。
余談なのですが、学生時代にはまっていたニーチェの著書から同名の「ツァラトゥストラはかく語りき」が生まれたことを知り、聴いてみたのがリヒャルト・シュトラウスとの出会いでした。懐かしく思い起こすことができました。
Posted by PINOKO
at 2008年04月19日 02:44
at 2008年04月19日 02:44PINOKOさんへ
はい、その通りです。シュトラウスの「ツァラトゥストラかく語りき」はニーチェの同名の著作を読んだ感想を音楽にしているんですね。好きな曲ですが、けっきょくニーチェの著作との関係はそっちのけでで、カッコイイ曲として楽しんでいます。それにしてもPINOKOさん、ニーチェにはまるなんて凄いです。
劇場は好きです。音楽や舞台もいいのですが、ヨーロッパの劇場はとてもきれいで素敵です。実は、教会建築も好きなのですが、これはまた今度。
スコットランドでモルトももちろん素晴らしいのですが、ドイツ、オーストリアでワインやビールも良いですよ。ソーセージやシュニツェルも美味しいし。
・・・スコットランド行かれるのでしょ?
Takeshi Mogi
はい、その通りです。シュトラウスの「ツァラトゥストラかく語りき」はニーチェの同名の著作を読んだ感想を音楽にしているんですね。好きな曲ですが、けっきょくニーチェの著作との関係はそっちのけでで、カッコイイ曲として楽しんでいます。それにしてもPINOKOさん、ニーチェにはまるなんて凄いです。
劇場は好きです。音楽や舞台もいいのですが、ヨーロッパの劇場はとてもきれいで素敵です。実は、教会建築も好きなのですが、これはまた今度。
スコットランドでモルトももちろん素晴らしいのですが、ドイツ、オーストリアでワインやビールも良いですよ。ソーセージやシュニツェルも美味しいし。
・・・スコットランド行かれるのでしょ?
Takeshi Mogi
Posted by Takeshi Mogi at 2008年04月19日 03:24
Mogi 様
ドイツの旅の始まりは素敵なものになったようですね(^^)
お2人のコメントを読みながら、ニーチェの著作とシュトラウスの楽曲の関係を初めて知りました
お2人ともいろんなことをご存知だなぁと思うとともに、いろんな経験をされててうらやましいなぁと思いました
その素敵な経験が、今のお2人に生きてるんですねぇ(^^)
ドイツの旅の始まりは素敵なものになったようですね(^^)
お2人のコメントを読みながら、ニーチェの著作とシュトラウスの楽曲の関係を初めて知りました
お2人ともいろんなことをご存知だなぁと思うとともに、いろんな経験をされててうらやましいなぁと思いました
その素敵な経験が、今のお2人に生きてるんですねぇ(^^)
Posted by モルト大好き
at 2008年04月19日 06:23
at 2008年04月19日 06:23モルト大好きさんへ
あはは、私はニーチェは良く分かりません。ツァラトゥストラも全部読みましたが、確か岩波だったような、全然内容が思い出せません。
自分が読んで楽しかったのは・・・ヘッセかな?
Takeshi Mogi
あはは、私はニーチェは良く分かりません。ツァラトゥストラも全部読みましたが、確か岩波だったような、全然内容が思い出せません。
自分が読んで楽しかったのは・・・ヘッセかな?
Takeshi Mogi
Posted by Takeshi Mogi at 2008年04月20日 03:13
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