2008年03月06日
美しい日本の私 8
美しい日本の私 8
それからまたシュトラーセン・バーンに乗ってシェーンブルン宮殿に行きました。当時私は大学生で、日本で取得した国際学生証を持ち歩いていました。それを見せると多くの美術館や博物館は入場料無料で、料金をとられる場合もとても安くて済みました。ハプスブルク家の大きな宮殿を見学し、さらに庭に出て丘の上の三連アーチまで上がると、夕暮れの中でウィーンの町は金色に輝いていました。
シェーンブルンを後にし、私はホテルに向かいましたが、知っている店があったので下車しました。緑の看板のヴィーナー・ヴァルトというお店です。チェーン店で、日本にもお店を持っていたことがあります。ロースと・チキンがとても安く、持ち帰りだと半身で500円くらいだったと記憶しています。当時はヨーロッパ統合など話にも出ない時代で、通貨もシリングでした。店で食べると価格は倍ですが、たまにはスープやワインも欲しかったので、お店で食べることにしました。

おなかがいっぱいになったので、シュトラーセン・バーンに乗って宿へ戻ることにしました。外はもう真っ暗でした。停留所で止まると、黒人の青年が乗ってきました。とつぜん、ウェスト・バーンホフ(西駅)と私に聞きます。他にも人が居るのに、なぜ私に聞くのかなとも思いましたが、「これでウェスト・バーンホフに行ける」とドイツ語で答えると、変な顔をしています。英語で答えると、「サンキュー」と帰ってきました。アメリカから来たといいます。旅行者には見えません。話が続かないので、そのまま静かにしていました。ウェスト・バーンホフに着いたので、ここだと言うと、彼は降りてゆきました。
Takeshi Mogi
それからまたシュトラーセン・バーンに乗ってシェーンブルン宮殿に行きました。当時私は大学生で、日本で取得した国際学生証を持ち歩いていました。それを見せると多くの美術館や博物館は入場料無料で、料金をとられる場合もとても安くて済みました。ハプスブルク家の大きな宮殿を見学し、さらに庭に出て丘の上の三連アーチまで上がると、夕暮れの中でウィーンの町は金色に輝いていました。
シェーンブルンを後にし、私はホテルに向かいましたが、知っている店があったので下車しました。緑の看板のヴィーナー・ヴァルトというお店です。チェーン店で、日本にもお店を持っていたことがあります。ロースと・チキンがとても安く、持ち帰りだと半身で500円くらいだったと記憶しています。当時はヨーロッパ統合など話にも出ない時代で、通貨もシリングでした。店で食べると価格は倍ですが、たまにはスープやワインも欲しかったので、お店で食べることにしました。

おなかがいっぱいになったので、シュトラーセン・バーンに乗って宿へ戻ることにしました。外はもう真っ暗でした。停留所で止まると、黒人の青年が乗ってきました。とつぜん、ウェスト・バーンホフ(西駅)と私に聞きます。他にも人が居るのに、なぜ私に聞くのかなとも思いましたが、「これでウェスト・バーンホフに行ける」とドイツ語で答えると、変な顔をしています。英語で答えると、「サンキュー」と帰ってきました。アメリカから来たといいます。旅行者には見えません。話が続かないので、そのまま静かにしていました。ウェスト・バーンホフに着いたので、ここだと言うと、彼は降りてゆきました。
Takeshi Mogi
Posted by Takeshi Mogi at 21:04│Comments(2)
│Takeshi Mogi
この記事へのコメント
Mogi 様
きっとMogi 様が一番親切に答えてくれそうだったんだと思います
そうに違いありません (o^-^o) ウフッ
きっとMogi 様が一番親切に答えてくれそうだったんだと思います
そうに違いありません (o^-^o) ウフッ
Posted by モルト大好き at 2008年03月08日 00:27
何だったんでしょうねぇ。
Takeshi Mogi
Takeshi Mogi
Posted by Takeshi Mogi at 2008年03月08日 01:31
※このエントリーではブログ管理者の設定により、ブログ管理者に承認されるまでコメントは反映されません









