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プロフィール
Takeshi Mogi
Takeshi Mogi
アイラの新聞「イーラハ」日本特派員
バグパイパー(ハイランド+スモール)
ライター&翻訳家などを兼務しています。
アイラ島やスコットランのWEBを運営しています。
オーナーへメッセージ

2008年02月29日

美しい日本の私 5

美しい日本の私 5

ザルツブルク大学の校舎を使ったドイツ語の夏季講座ではセミナーのほか、ザルツカンマーグートと呼ばれる湖水地方への遠足も含まれていました。この湖水地方は山々に囲まれた美しい地域で、風が弱いせいか波が小さく、湖面には彼方の山々や湖畔の家が綺麗に映し出されていました。



バスで回った幾つかの場所の中に、ハルシュタットと呼ばれる町がありました。木造の家の多い、古い町で、小さな町なのに博物館がありました。展示物は世界のさまざまな民族の道具や楽器、服飾品などがあったように思いますが、近くの岩塩採掘所で見つかった人々の骨や副葬品の展示もありました。当時からヨーロッパの古代には強い興味は抱いていましたが、これが有名な紀元前5世紀のケルト人の遺物だということは、ずっと後になって気づいたのでした。

ビールを飲みながら昼食を取り、岸辺を歩いて散歩すると、船着場のようなところにプールサイドにあるような、水に入るためのはしごがありました。誰か泳ぐのだろうかと覗き込みました。水は綺麗でしたので手を入れてみましたが、到底泳げるような温度ではありませんでした。何のためについているのか分からないはしごの向こうの水面には、緑に輝く山の風景が映し出されていました。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 03:04Comments(2)Takeshi Mogi

2008年02月27日

The Bowmore Way

The Bowmore Way

モリソン・ボウモア社はThe Bowmore Wayを通じてビデオを配信、さまざまなヴィジュアル情報を提供する。



同ウェブではすでにビデオの配信が始まっているが、モリソン・ボウモア社ではこれと合わせ、通販による販売拡大を行いたい意向だ。ライブラリには料理やゴルフ、チェスや葉巻のほか、蒸留所の興味深いビデオ2本も含まれている。

ビデオを見るにはアドビ・フラッシュ・プレーヤーが必要。同ウェブにリンクがある。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 19:38Comments(2)アイラ島

2008年02月27日

美しい日本の私 4

美しい日本の私 4

下宿先はお風呂やシャワーの使用が制限されていました。お風呂なら週1回、シャワーなら2回といわれました。そこで、語学学校の仲間の多くが下宿しているレーラー・ハオス(学校の寮だったのだと思います)にシャワーを借りに行きました。寮は大きく庭もあり、みな知り合いだったので共用のシャワーを使っても何も言われませんでした。

暑い夏の日にレーラー・ハオスに向かう途中、ガスト・ハオス(ご飯の食べられる酒場)の窓から若い男がビールを飲んでいるのが見えました。我慢ができずに入りましたが、中はさほど涼しくありません。この国でクーラーは見たことがなく、扇風機を眼にしたのも1回きりでした。ますます我慢ができずにヴァイス・ビーアを注文しました。普通のビールは1リットルですが、小麦ビールは500mlです。濁った金色の液体には半分に切ったレモンが浮いていました。ガスト・ハオスには男性は一人、老人が一人、窓から見えた男性には女性の同伴者がいました。私は酸味のある液体をあっという間に飲み干して、レーラー・ハオスに向かいましたが、入ってから出るまで、誰も動かず、言葉もなく、一口も飲まず、時間は止まったようでした。



レーラー・ハオスに着いてもほとんど誰もいませんでした。ビールが効いて汗だらけ、低い温度のシャワーを浴びると、すばらしく気持ちが良く、汗を拭いて庭に出るとベンチで横になりました。

しばらくすると知っている顔が数人づつ帰ってきました。涼しくなったので、私は来た道を戻り、途中でソーセージとパンを買って帰りました。下宿の流しには電熱式の給湯器が付いていましたが、ほとんど熱湯に近い熱さだったので、それでソーセージを暖めて食べました。

窓の外を見ると雨が降っていました。ザルツブルクでは毎夜雨が降るのです。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 19:20Comments(2)Takeshi Mogi

2008年02月27日

美しい日本の私 3

美しい日本の私 3

ザルツブルクは観光地で、行くべきところはたくさんありました。サウンド・オブ・ミュージックもここで撮影されました。丘の上の城からの景色は美しく、場内の武器博物館には興味深い展示がいっぱいでした。ほとんど空だったと思いますが、モーツァルトの生家、美しいドーム、美術館など。



町は音楽と演劇の祝祭、ザルツブルク・フェストシュピールの只中で、2つの祝祭劇場では毎夜のように最高の演奏が奏でられ、中央広場ではホフマンスタールのイエーダマンが上演されました。行きたくとも、こうしたチケットは発売と同時に売り切れ、私たちの手には入りません。そこで、有名な人形劇場に行ってオペラを見ました。音楽こそ録音ですが、劇場もクラシックで美しく、人形の動きは人手で動かしているとは思えないほど滑らかでした。

ザルツブルクからバスでしばらく走ると、ヘルブルンの離宮があります。美しい庭、数多くの趣向を凝らした噴水、大きくはないけれど品の良い宮殿で、ある日市民音楽祭が開かれました。価格は安く、離宮のさまざまな場所で行われる音楽、コメディアン・デ・ラルテ(笑劇)、オペラは超一流でなくとも楽しいものでした。庭園の奥には石窟の劇場があり、ゲーテのものとは異なるファウストの上演がありましたが、こちらは別料金で見ることができませんでした。

離宮のレストランで肉料理を食べたのですが少なくて足らず、街中へ戻ってからビールでソーセージを食べました。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 19:11Comments(2)Takeshi Mogi

2008年02月26日

美しい日本の私 2

美しい日本の私 2

オーストリア、ザルツブルクでの3週間の語学研修が始まりました。ザルツブルク大学の校舎で行われる夏期講習はレベル別クラス分け試験で始まりました。私は受験のときの習慣で、回答が分からなくても回答を選んだため、高めのクラスに送られ、苦労しました。私のクラスは中の上くらいで、多くはイタリア人、他にポーランド人、イングランド人、ユーゴスラビア人、日本人などがいました。当時は共産圏がまだ健在でした。ワルシャワから来たS君や、ユーゴスラビアから来たGさんとはしばらく文通をしていましたが、彼らがその後の激動の時代を乗り越えられたのかどうかは分かりません。



授業は日本の語学の授業と変わりませんが、何から何までドイツ語でした。クラスで一緒に勉強する人たちとも、ドイツ語以外のコミュニケーション方法はありませんでした。授業は分かる部分と分からない部分がありましたが、特に困ったのは文法用語でした。すぐに慣れましたが、日本のドイツ語の授業では文法用語、過去形とか未来系とかは日本語で習いますので、習う機会がなかったのです。

授業は楽しかったけれど、授業の合間や食堂での雑談の方が楽しかったです。授業は午前で終わったので、午後は町中を歩き回りました。セミナーもあったのですが、レベルが高く、ほとんど欠席しました。

ザルツブルクは古い美しい町、モーツァルトの町で、音楽の町、ホフマンスタールとリヒャルト・シュトラウスの町です。小高い丘にはホーヘン・ザルツブルクが立ち、街中には大きな教会が、町の中心には川が流れ、周囲を見回すとすべての方向に森と丘が連なっていました。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 20:01Comments(3)Takeshi Mogi

2008年02月26日

夢のボウモア・ハウス

夢のボウモア・ハウス

アイラで老後?の続きです。

買えもしない高いアイラの物件をネタに夢を膨らます「夢のボウモア・ハウス」です。私が日本事務局長、PINOKOさんが現地マネージャー、moruponさん、アルビレオさん、朱鷺姫さんも出資とボランティアをお申し込み頂きました。

100人が100万円ずつ出資して購入、年にひとり一部屋22日の権利を所有、運営するシステムです。

で、ボウモア・ハウスを核とした事業として観光会社を設立、アイラの宿泊と観光を販売。収益を出し、維持費を獲得するという甘い考えです。

さて、ここで興味深いものをご披露。ボウモア・ハウスの平面図だ。


一階



2階


これは不動産会社の販売説明書からの引用ですが、2階に客室5、1階にダイニング、居間、キッチン、オーナー用寝室があります。とすると、計算を少し変えないとね。つまり客室が6=>5になったので、ひとりあたりの持分は18日に減りました、ごめんなさい。

で、1階のオーナーズ・ベッドルームがPINOKOさんのマネージャー・ルームになります。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 17:34Comments(21)アイラ島

2008年02月26日

YouTubeのアイラのビデオ・クリップ

YouTubeのアイラのビデオ・クリップ

オランダのアイラ・ホームページ、Islay Weblogは世界最大のアイラ情報WEBになっています。そのIslay WeblogでYouTubeのアイラの・ビデオ・クリップをひとまとめにしたのでご紹介します。



出所もいろいろ、YouTubeなので画像はあまり良くないのですが、興味深いものも含まれて居ます。是非、一度ご覧下さい。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 16:55Comments(0)アイラ島

2008年02月26日

美しい日本の私 1

美しい日本の私 1

それはもう二十数年前。私が大学4年のことです。私は専門外のドイツ語にはまっていました。語学で身を立てられないかと悩んでいた時期でもあります。毎日のようにドイツ語を訳し、ドイツ語のオペラに心酔していました。

当然ドイツに行きたくなり、親に頼み込んで金を借り、夏休みにオーストリアのザルツブルクへ語学研修に行きました。よく覚えていませんが、フランクフルト経由でミュンヘン、バスでザルツブルクだったと思います。黄色い壁、香水の香りの町でした。行く前にオーストリア方言を習いました。私はそういうことが好きでした。土地を理解し、吸収し、同化することは微妙な選択でしたが、どうせ外国人の私なら、変でもともとと考えました。

ザルツブルクではL夫人のお宅の3階に下宿しました。息子さんがジークフリート、お嬢さんがジークリンデ、凄い名前だなと思いましたが、明るい普通の家庭でした。L夫人はケーキ作りが上手で、毎週日曜の朝はパンでなくケーキが出ました。家の前に大きな胡桃の木があり、胡桃のケーキを焼いてくれました。部屋はちょっと暗い古い部屋でしたが、綺麗に補修されていて、居心地はとてもよかったです。窓は二重で、冬の寒さだけでなく、夏の暑さもさえぎってくれました。ザルツブルクは毎日雨が降ります。

最初の夜、ベットに横になると遠く離れた場所でひとりだと実感し、ホームシックになりました。ところが、だから何だろう、自分は本当に自由じゃないかと考えると、寂しさは消えて、不思議なくらい陽気になりました。最初で最後のホームシックは、数分で終わりとなりました。

Takeshi Mogi

  

Posted by Takeshi Mogi at 02:13Comments(2)Takeshi Mogi

2008年02月25日

チーズ好きです

チーズ好きです

日曜に仕事で新宿に出た帰り、新宿伊勢丹のチーズ売り場に行ってきました。新宿伊勢丹には立川チーズ王国とマリー=アンヌ・カンタンの2つのチーズ売り場があるのですが、カンタンのほうがずっと熟成の進んだものを持っているので、私はいつもこちらで買います。(チーズ王国は基本的にフレッシュな若いチーズが売りのように思います。)

で、話を聞いたら、マリー=アンヌ・カンタンはまもなく日本撤退とのこと。そのため、若干値引しているのだそうです。ここは全種類味見が可能なので、8種類ほど味見して、3つ買いました。全部ウォッシュ・タイプ。スーマントラの他は名前忘れました。済みません。

輸入の異なる時期のものが置かれていて、どれもいあちばん熟成の進んだドロドロのものを買いました。スーマントラとマールで洗ったもう一種類はすでにハーフでラップに包んでありましたが、もう1種類(カルバドスで洗ったもの)は切ってもらい、ハーフで買いました。こういうシステムはうれしいです。

カンタンが出た後は、またフランスのチーズやさんが入るそうです。切り売りしてくれるお店だといいのですが。

Takeshi Mogi

  

Posted by Takeshi Mogi at 14:16Comments(5)とりあえず

2008年02月25日

アイラで老後?

アイラで老後?

今はそんな夢捨ててしまったけれど、アイラに住んでみたいかなと思ったことはある。長期に住む借家を探すことも可能だが、買いたければ日本人が英国に家やアパートを私有することには何の問題もない。

イーラハ紙にはいつも数件の売家が掲載されている。新しい家、古い家、廃墟などさまざま。アイラは別荘や老後の家を持ちたい人には人気のリゾートで、そうした物件に注目している人たちは多い。

先日、Blogのデザインで紹介したカリク・アダの農場も3件の家を売りに出している。彼らの農場を売るということではなく、そこに家を買いませんかということだ。

ボウモアではもっとすごい物件が売りに出ている。



このusukebaでも紹介されたB&BのBowmore Houseも売りに出ている。ここはずっと前は銀行で、その後マリーナ・ホテルになったけれど、現在はイアンとメイヴィスが買い取って、綺麗に直してB&Bをやっている。建物も綺麗で居心地が良く、設備も新しい、かれらのB&Bもうまく行っているけれど、彼らには彼らの考えがあるらしい。聞いたら、「日本の人が買ってくれるなら、私も嬉しい」とイアンは言っている。

ボウモアに日本人の営業するB&Bがあったら、嬉しいかもしれない。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 02:28Comments(12)アイラ島

2008年02月24日

ケルティック・コネクションズ08

ケルティック・コネクションズ08

スコットランド最大のケルト音楽祭であるケルティック・コネクションズ2008ですが、BBCの大盤振る舞いで大量のビデオクリップとオーディオファイルを楽しめることになりました。(Carlosさん、教えてくれてありがとう!)



内容はもうびっくりです。その演奏の上質なこと。多彩なアーティストを集めて最高の演奏を聴き放題、しかも画像は安くとも一応演奏しているところが見られるのは凄いとしか言いようがありません。いや~、こんなもんが見られるなんてびっくりだよ。

皆さん、是非見ましょうね!

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 02:19Comments(4)いろいろ

2008年02月23日

キルトの話 4 パンツの話

キルトの話 4 パンツの話

さて、ここで再び例の話に戻って参ります。キルトの下に何をはくか。答えは、本当は何もはかないです。最近ははく人も増えてきましたし、見えてしまうような人、ダンサーやハイランド・ゲームの選手はまず間違いなくはいていますが、兵隊さんははきません。

ただし、ここでご理解いただきたいのは、パンツが発明されて、まだ100年たっていないということです。Wikipediaをご覧頂くと分かると思いますが、18世紀に長袖シャツとジャージをくっつけたような肌着のユニオン・スーツが現れるまで、ヨーロッパ人は下着を着けていなかったのです。さらに、1910年にユニオンスーツを上下に分けるまで、ステテコさえなかったんですね。第一次世界大戦に兵士に短パンが支給された話が載っていますが、私はドイツ軍が第二次世界大戦でパンツを支給されていなかった話、シャツのすそを使ってパンツのように着ていた話も聞いています。つまり、パンツというもの自体がここ60年ほどの文化なのです。

とすると、伝統というのもありますが、それも始まったばかりという気がいたします。

ちなみに、日本はより文化的かというと、戦国時代にははいていたのは上級武士で、下級武士や足軽ははいていなかったようです。このあたりもWikipediaに書いてあります。400年の文化はなかなかのものですが、それ以前は日本人も何もはいていなかったというのは興味深い話だと思うのです。

Takeshi Mogi

  

Posted by Takeshi Mogi at 03:56Comments(11)いろいろ

2008年02月23日

キルトの話 3

キルトの話 3 その歴史

さて、キルトについてもう少し歴史的な話をしましょう。キルトに関する最古の記録はそれほど古いものではなく、16世紀以前のことはわかっていません。また、16世紀の記録も断片的な文章で、どんなデザインのものを着ていたかなど、明瞭ではありません。それでも、17世紀の絵画では緻密なタータンを織り込んだ、たいそう立派なキルトに身を包んだ貴族の絵などが残っており、すでに洗練された衣装になっていたことが伺われます。ですから、それよりも以前の16、15世紀あるいはそれ以前に、ハイランドの人たちがシンプルなキルトを身に着けていたとしても、決して不思議ではありません。

では、そうした時代の人たちの衣装とはどんなものだったのでしょうか。記録から分かることは、ハイランドの人たちがズボンも履いたけれど、キルトを身に着けて生活していた人たちがたくさん居たこと、そのキルトにはタータンがあしらわれていたこと、その人たちの衣装が非常に自由でバリエーションに富んでいたことです。

キルトは基本的に、前回ご紹介したように寝転がって着て、余った腰から上の布は肩に掛けたり、腰に回したりしていました。余り布を上手に折り込んで腰に挟み、できた袋の部分に物を入れる人もいたようです。時代的に、多くの人が帯剣していましており、肩から大きなベルトを掛けて、剣を吊っても居ました。しかし、帽子や上着、チョッキやシャツなどは地元で手に入るものをアレンジして着ていたので、道行くキルトを着た人々の腰から上の姿は本当に一人一人違っていたはずです。また、身分や財産によっても服装は変わったことでしょう。

地域社会を作っていたクランは確かに存在し、ボニー・プリンス・チャーリーの下に、同じ苗字のハイランダーたちが団をなして集まってきた記録もありますが、その人たちは同じタータンを身に着けていたわけではなく、人によっては異なるタータンをキルト、チョッキ、帽子に使い分けていた人もいたようです。タータンは様々な色のものがあるので、ある意味、非常にファッショナブルだったのではないでしょうか。

また、ベルトには皮袋やカバン、ナイフなどを下げていましたが、デザインも大きさも、下げる場所も人によって様々だったようです。

現代のスコットランドのキルトはタータンも苗字によって決まっていますし、ジャケットやスポランと呼ばれるカバンなど、伝統という名の下にかなり定型化されていますが、そうなる前のキルトは生活のための実用的な衣服で、非常に自由だったようです。

Takeshi Mogi

追伸
いろいろ書いた昔の様子はOspreyという出版社の幾つかの本に詳しく書かれています。興味があったら、買ってみることをお勧めします。イラストが美しく、当時の人たちの服装を詳しく知ることができます。

  

Posted by Takeshi Mogi at 02:53Comments(3)いろいろ

2008年02月22日

キルトの話 2 キルトの種類

キルトの話 2 キルトの種類

まず、キルトそのものの種類について説明しましょう。

まず、大きく2つのキルトがあります。ひとつがクラシックなフェーリア・モール。ジェフリーはじめ、多くのテーラーではブレアカン・モールと呼んでいて、他にベルテド・プライドという呼び名もあります。大きな布を床に広げ、ひだをつけるように折りたたみ、寝転がって着ます。ジャコバイトたちが着ていたのもこのキルトです。スカート部はアイロンをかけないので緩やかなふくらみを持ち、腰から上にも布があり、肩に掛けたり、腰に巻いたりして着ます。



もともとのフェーリア・モールは丈が短くひざ上5~10センチほども上で、色は天然の色素を使ったので今よりも薄い色をしていたと考えられていますが、現在フェーリア・モールを着る人たちは現代風に膝頭の長さの物を身に着け、色も濃厚な今風のものを選ぶことも稀ではありません。

新しいスカート状に縫ったキルトはフェーリア・ベックと言いますが、この名で呼ぶことはまずなく、ただ単にキルトと呼ばれます。普通のスカートのように簡単に着ることができます。

どちらのキルトも、前の部分はひだがなく、平らで、この部分はエプロンと呼ばれます。ひだは一般に見るスカートではありえないほど深く、ぐるりと回ると大きく広がります。こうしたひだがある理由は明瞭ではありませんが、ひだを作ることにより保温性を高め、戦闘時などに大きく足を開いても広がってくれるからではないかと考えられています。

Takeshi Mogi

  

Posted by Takeshi Mogi at 03:07Comments(5)いろいろ

2008年02月22日

キルトの話 1

キルトの話 1

キルトはスコットランドの国民的民族衣装です。スコットランドではキルトで公式な席に出ても構いません。もちろん、機会に合わせて上着など様々な組み合わせがあるのですが、スカート状の部分、つまりキルトそのものは変わりません。



以前質問にお答えする形でご紹介したクラシックなキルト、大きな1枚の布をひだの付いたスカート状に着るキルトもあり、これも公式な席に身に着けて出ても構いません。ただ、最近は様々な理由から、クラシックなキルト、フェーリア・モールを身につける人は稀です。

さて、キルトを売るお店はスコットランドでは珍しくありませんが、たくさんあるというわけではありません。また、お店によって提供できるキルトの得て不得手があり、これも理解したほうが得策です。これからフォーマルなキルトを得意とする、先日もご紹介したジェフリーのお店を例に、キルトをどう買うか、ご紹介してゆきましょう。

Takeshi Mogi

Geoffery Tailor: http://www.geoffreykilts.co.uk/  

Posted by Takeshi Mogi at 02:10Comments(0)いろいろ

2008年02月20日

Blogのデザイン22

Blogのデザイン22

Carraig Fhadaと呼ばれる場所で、カリーク・アダと読むと記憶しています。ポート・エレンに近い海辺で、長い岩を意味するその場所の浜は鳴き砂です。



同名の農場があり、B&B、コテージ、ショップを兼ねています。その先には太陽電池を使ったポート・エレンの灯台があります。

アイラには浜辺がたくさんありますが、人が泳いでいるのは見たことがありません。聞いてみると、「大人は泳がないけれど、子供たちは天気の良い夏の日には入ってるね」と話していました。

ボウモアには温水プールがあり、大人も子供も泳いでいます。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 02:16Comments(2)Blogのデザイン

2008年02月19日

今週のScotland on TV

今週のScotland on TV

スノードロップ(マツユキソウ)はスコットランドの春を告げる花のひとつです。Scotland on TVはエクレスクレイグ城を訪れ、マツユキソウの咲き誇る庭園を回ります。



他にグラスゴー国際コメディ・フェスティバルなど。料理はスコットランド風パンケーキ。アイラからは島々の領主の地、フィンラガン湖の様子。250年前にボニー・プリンス・チャーリーを支援したジャコバイトが所有していたエメラルドの指輪がオークションにかけられた話など。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 17:43Comments(0)いろいろ

2008年02月19日

Ileach Japan No 7

Ileach Japan No 7

アイラ島は相変わらず寒いのですが、少しずつ春の兆しも見え始めています。



オリジナルのイーラハ紙の表紙もスノウドロップ(マツユキソウ)で、春の訪れを知らせる花です。

アイラでは石油不足が蒸留所に深刻な問題を引き起こしています。もともとウィスキーを運ぶトレーラーがアイラと本土を行き来しているのですが、これに蒸留所のボイラーを動かすための石油輸送用のトレーラーが週14台追加になります。現在アイラ=ケナクレイグはフェリー2隻で運行しているのでなんとかなりますが、昨年のようにシェトランドへ異動になったり、乗車スロープが破損すると、蒸留所が止まる可能性もあります。

浜にはミンク鯨が打ち上げられました。これは時々あることです。

小学校ではバーンズ・ランチが行なわれました。バーンズの詩の暗唱大会もやったようで、最後はダンスパーティーです。バーンズはローランドの人ですが、スコットランド中で愛されています。

ロッホサイド・ホテルではヘザー・キャンベルが放送大学のようなシステムで資格を取りました。これはある島では大事なことです。アイラからは若い人たちが勉強や仕事のために島を離れ続けています。が、幸いなことに、そういう人たちもできれば島を離れたくないんですね。アイラで仕事を得て、アイラで勉強できる環境の整備は、島の人々の平均年齢を下げる要因になれるかもしれないのです。

ケルティック・コネクションズはスコットランドの伝統音楽の祭典です。自分の知る限り、伝統音楽に限定すれば最大のイベントかもしれません。ブナハーヴン(ブラック・ボトル)がそのスポンサーになるのは、とても凄いことです。ブナハーヴンはアイラ・パイプ・バンド、アイラ・ジャズ・フェスティバルのスポンサーでもあります。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 15:59Comments(6)Ileach Japan

2008年02月17日

WMLの半端な写真

WMLの半端な写真

ライブで撮影した取り留めのない写真が幾つかあるのでご紹介します。



PAPADO ISLAYというんでしょうか、アイラのウィスキーの樽で熟成したビールで、ラベルにもありますが10%と最強の部類に入るビールです。黒く、甘く、粘度が高く、飲み応えがあり、強烈なピート香を持つビールでした。隣が黒船ポーターです。



タリスカーのセミナーのテイスティング・セットです。どれもバランスがよく美味しかったのですが、びっくりしたのは右奥のニュー・メイクでした。



ワートの香りが豊かで蒸留所に居るような気がしました。

次がイアンの絵のアップです。ボウモアの女王陛下の樽ですが、いったいどんな手法で描いているのでしょう?



陰影がとても綺麗です。

ライブの最後に出てきた能の舞をなさった方の写真です。能自体は見ていません。



最後は私の謎のコレクションから。



2002年のライブの時、4社のブレンダーが作ったブレンデッド・ウィスキーです。

今年はメルシャンもキリンも出展していなくて寂しかったです。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 04:37Comments(2)とりあえず

2008年02月17日

キルトにアイロンをかけました

キルトにアイロンをかけました

日曜日はウィスキー・マガジン・ライブでした。しばらく着ることもないので、キルトにアイロンをかけました。この仕事はいつも自分でします。



ライブは2月10日でしたが、この時期、ウィスキー関係者が来日してライブ以外の仕事もこなしてゆくため、人によっては様々な催しに出席した方もいるのではないでしょうか。私は今回、その種のものありませんでしたが、来日した人をお迎えすることが数度あり、結構多忙でした。

ウィリー・コクランはジュラにすでに帰っています。アイラからウィリーに会ったと連絡が来ました。恐らくグレアム・ロギーもすでにラガヴーリンに帰っていることでしょう。

彼のセミナーで演奏したスモール・パイプ(小型のバグパイプ)は現在手入れの最中です。



来年は、もっと良い音が出るように、調整をするつもりです。代わって、ここ数日大型のグレート・ハイランド・バグパイプを吹きまくっていました。盛大な音が出て、やはり爽快です。

ハギスの儀式の真似事をして、ハギス代わりのドーナツを切り刻んだナイフもきれいにしてしまいました。



皆様お疲れ様でした。来年もよろしく。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 02:57Comments(12)とりあえず

2008年02月12日

うまい酒の科学

うまい酒の科学

うまい酒の科学という本があったので買ってきました。まぁ、いろいろな酒の歴史や製法などが書いてあるのですが、出しているところが凄い、独立行政法人 酒類総合研究所というのだそうです。まぁ、ここの話はまた今度。



面白いのが缶チューハイのページ。製造工場の写真があって、タンク群、缶詰ライン、混合装置などが載っていますが、最後の外観にはあの「御殿場蒸留所」の写真が。

あれは・・・缶チューハイ工場だったのか?

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 17:39Comments(5)とりあえず

2008年02月12日

Whisky Magazine Live 2008

Whisky Magazine Live 2008

Whisky Magazine Live 2008に行って来ました。私の場合、参加といっても見に行くよりは仕事という一面が強く、一日中忙しく飛び回っていたので、行かないブースも多く、挨拶も十分にできないでいた人たちもたくさん居ました。

朝は10時前に会場入りし、タリスカーのセミナーで吹くバグパイプの準備です。会場にはすでにウィスキーの入ったグラスが並んでいますが、なんと全部のグラスがガラス板の蓋つきで、香りを閉じ込めるようになっています。開会式がどんな様子か分かりませんが、長引いたらしく、セミナーの席はゆっくり埋まってゆきました。



私のバグパイプ演奏の後、グレアム・ロギーがタリスカーのセミナーを始めました。サンプルは蒸留したてのニュー・メイクも含め5種類。長期熟成やダブル・マチャードもあって、興味深い内容でした。グレアムも非常に落ち着いた話し振りで、とてもよいセミナーでした。

セミナーが終わって下に降りると会場すぐ入り口でイアン・グレイが絵を売っています。ところが普段着です。事情を聞くと、飛行機に乗せたトランクが出てこなかったというのです。名刺もなし、キルトもなし、着替えもなし、幸い手荷物だった絵を売っていたのでした。



イアンの絵はオリジナルは油絵ですが、それをスキャンして印刷したものを売っていました。大きさが二種類、どちらもなかなか人気があり、結構売れていました。イアンはヘーゼルバーンのラベルにも使われていて、そのことを口にする人もいました。

会場ではジュラのウィリー・コクランと話をしました。とても明るく快活な人で、人口100人少々のジュラから東京に来て、「誰もが忙しそうに急いで歩いているのでびっくりした」と言っていました。今回の目玉であるスーパースティションはとても好評で、すぐになくなってしまいました。

他に、とても珍しい方を見つけたのでご紹介しましょう。お客様の一人で、和服なのですが、その帯がびっくり、エジンバラ城です。



あんまり珍しいので、お願いして写真を撮らせていただきました。もちろん、特注品だそうです。



今回サントリーはグレンフィッディックのセミナーを持ったので、ボウモアのセミナーはありませんでしたが、ブースはしっかりあり、あのブラック・ボウモアやボウモア37年もありました。ボウモア37年は2千円の有料試飲でしたが、価格を考えるとこれは大変なサービスと言えるでしょう。

有料試飲の会場には、あの有名なお二方もいらっしゃいました。



午後、もう一度タリスカーのセミナーがあり、バグパイプを吹きました。セミナーの後、ロギーはプレスのインタビューがありました。今回ロギーは3回目の来日ですが、数多くのインタビューがあったようです。

さらに、ジュラのセミナーが始まりました。会場はジュラ・ウィスキーの柑橘系の香りで満ちています。コクランはジュラの話とウィスキーの話を絡めながら、楽しいセミナーを進めてゆきました。



と、そんなことをしているうちに、ライブも終わりとなり、終了の式典と蛍の光で幕を閉じました。デイブ・ブルームが進行役で、なかなかカッコいいキルト姿ですが見たことのない大きなベルト・バックルをしているので聞いたら、ロデオのベルトだと言っていました。

 

他にもいろいろあったんですが、とにかく私の忙しい一日は、だいたいこんなでした。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 02:56Comments(5)アイラ島

2008年02月09日

ヒースローとボウモア

ヒースローとボウモア

モリソン・ボウモア社はヒースロー空港のTerminal 5オープニングを記念してターミナル5のデューティー・フリー・ショップ専売のボウモア43年を発売します。ターミナル5は3月に開くヒースローの新しい施設で、ボウモア43年はボウモア社とデューティー・フリーが昨年10月に同蒸留所の有名な海面下の熟成庫ボールトにある最古の樽から選んだひと樽をボトリング、同ターミナルのデューティー・フリーだけで販売するものです。樽はファースト・フィルのホグスヘッドでシェリフの時代の1965年の蒸留、番号は811、販売数は55本、度数は43.5%、スモーキーさからトロリとした南国の果実の香りが昇るこの非常に貴重なウィスキーの価格はまだ発表されていませんが6千ポンドを超えるものといわれています。

Takeshi Mogi

関連記事:http://www.moodiereport.com/document.php?c_id=31&doc_id=15782

  

Posted by Takeshi Mogi at 17:37Comments(2)アイラ島

2008年02月09日

キルトにアイロンをかけました

キルトにアイロンをかけました

日曜日はいよいよウィスキー・マガジン・ライブです。キルトにアイロンをかけました。この仕事はいつも自分でします。

衣装とバグパイプでかなりの荷物になります。

当日は緑のキルトを着て会場を歩き回っています。気軽に声をかけてくださいね。

Takeshi Mogi

  

Posted by Takeshi Mogi at 03:47Comments(7)いろいろ

2008年02月09日

今週のScotland on TV

今週のScotland on TV

今週のScotland on TVは面白い記事で山盛りです。マッキントッシュゆかりのウィロー・ティー・ルーム、アイラのフィンラガン湖の様子、おいしそうなオーツ・ケークの焼き方、サーモン・フィッシングの様子など。でも、何よりびっくりはマイクロソフト・スコットランドの移転先です。



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Posted by Takeshi Mogi at 03:32Comments(4)いろいろ

2008年02月07日

土屋守のスペイサイド&ハイランド

土屋守のスペイサイド&ハイランド・ツアー

スコッチ文化研究所は土屋守氏の案内するスペイサイドとハイランドを巡るツアーを行います。



ツアーは5月1日発、アバディーン=エルギン=エジンバラを宿泊地にグレンギリー、マカラン、グレンリヴェットなど8蒸留所を回る6泊8日。価格は一般が42万9千円、スコッチ文化研究所の会員が39万9千円。ただし航空券にかかる諸費用(5万くらい)は別料金です。

旅行手配はJTB。

ゴールデンウィーク中の時期だけに、まあまあ安いと思います。あとは航空会社がどこなのか、行きたい蒸留所が入っているか、ということですね。

詳しくはhttp://www.scotchclub.org/tour_08.htmまで。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 20:05Comments(2)いろいろ

2008年02月06日

復旧中のボウモア

復旧中のボウモア

ボウモアを中心に、31日の落雷の影響はいまだに続いています。



円形教会はいまだに電気が使えず、ボウモアの銀行も開店ができない状況です。郵便局は5日朝に復旧し、平常に戻りました。電話はまだ混乱が続いており、修理の過程で不通が断続的に発生しています。アードベック蒸留所でもトラブルがあり、電話をかけられるが受けられないという状況が続いています。現在アイラにいる方、数日以内に来る方がどれだけいるか分かりませんが、不便があるかもしれませんね。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 15:20Comments(2)アイラ島

2008年02月06日

The World Yacht Race

The World Yacht Race

日本ではまったく報道されていなくとも、世界では盛り上がっているというものはあるものです。



先日お伝えしたThe World Yacht Raceは現在シンガポールを出発し、青島(チンタオ)へ向かっており、マニラの西を北上中です。グラスゴー・チームは第2位ですが、風任せですからね。

コース的には那覇と台北の間、長崎と上海の間を通るんですね。ちょっと嬉しいかな?

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 02:11Comments(2)いろいろ

2008年02月06日

ボウモアに落雷

ボウモアに落雷

ここしばらく、アイラの天気は半端ではありません。雨や雪、風はいつもどおりですが、落雷がかなりあり、荒れ模様です。



そんな中、1月31日に大きな落雷がボウモアに落ちて、かなりの被害が出ました。町のシンボルの円形教会は電気系統が破損、礼拝は洗礼派教会で行なわれています。一般家屋にも被害が出て、コンピューター、コンセント、電話などが破損、一部ではコンピューターが修復不能だったり、いまだに電話が不通の家もあるようです。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 01:49Comments(4)アイラ島

2008年02月05日

Flybe.com

Flybe.com

Ileach Japanで紹介しましたが、アイラ=グラスゴーを含むローガンネアーの航路全体が10月26日から英国航空を離れ、Flybe.comの航路とタイアップすることになりました。Flybeの本社は英国南西部のエグゼター国際空港、ヨーロッパ最大の地域航空です。



Flybe.comはスコットランドではグラスゴー、アバディーン、インヴァーネス、エディンバラから飛行機を飛ばす航空会社で、格安を売り物にした会社です。これからアイラ=グラスゴー航路がどういう位置づけになるのか分かりませんが、Flybe.comのグラスゴー発の飛行機に乗る場合、安くなる可能性もあります。ただ、今のところロンドンには飛んでいません。英国国内ではマンチェスターやカーディフへ、海外はパリ、フランクフルトなどへ飛んでいます。価格は英国航空の半分以下なので、その割安感は大変なものです。ただ、こうした地域航空は荷物の重量などさまざまな制限があるので、よく理解したうえで利用することが大切です。また、Flybe.comの主力となっている飛行機は、一時問題になったボンバルディアDAC8-Q400であることも覚えておいたほうが良いでしょう。

他にもヨーロッパには数多くの地域航空が飛んでおり、価格も安いので上手に利用したいものです。

Takeshi Mogi  

Posted by Takeshi Mogi at 16:24Comments(2)アイラ島